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| 商品提案の定義 | 敵を知る事の定義 | その他 | 取引先が聞きたい事 | プレゼンテーション |
| 転機は外からやってくる |


商い心得


敵を知り己を知れば百戦危うからずや
己を知ると言う事は、きちっと商品紹介が出来るという事です。

《商品提案の定義》

1 商品提案は商品の性能や機能を語る事ではない。
2 どんな事が出来るのか具体的に見せる。
3 その商品から派生する生活提案を、具体的且つ手短に提出する。


敵を知ると言う事は、相手が何を望んでいるかである。

《敵を知る事の定義》
1 取引先に御世辞を言ったり煽てる事ではない。
2 御社の将来性とか社会的認知度などと言っても意味が無い。
3 貴方が相手に、今なにが出来るのか、将来なにが出来るのか、その為に今はなにをするのか、具体的且つ手短に話す。

《そ の 他》
1 堂々とした態度立ち振る舞い。
2 話の合間に具体的な数字や固有名詞を入れて客観性を持たせる。
3 相手の質問を重複しない。
4 相手の質問には手短に答える。

《取引先が聞きたい事》
1 取引先に対し、貴方は今何が出来るのか?何をしてくれるのか?
2 取引先にどんなリスクが有るのか。
3 取引先にどんなメリットが有るのか。
4 継続性や将来性が有るのか。
5 メリットがデメリットをオーバーするのか。

《プレゼンテーション》
私の話なんてデパートに行けば只で聞けるのに、物好きにもわざわざ私の話を聞こうなんて皆さんも尋常では有りません。

さて、物好きとは、物見高いと言う事で詰まり好奇心が旺盛と言う事です。そもそも人に好奇心や探究心が無ければ、科学も文化文明も発展しませんでした。

例えば、用も無いのに月にロケットが行くのも、電話で話せば良いのにメールが流行るのも、みんな物好きの為せる業です。だとすれば、今も昔も次の時代を担うのは、ひとえに物好きな人たちの双肩に掛かっていると言えます。

浜の真砂は尽きるとも、世に物売りの絶える事は有りません。
ただ売るものが変るだけです。私もデパートの軒下を借り受けまして40数年。
通りすがりの何の罪咎の無い人に「有ると便利で無くても平気なアイディア商品」何て事を言いながら物を売っていますから、私たちを見る世間の目は冷たかったねー。お客さんは最初、怪しい物でも見るように、私を見ますね。

男性なら大概腕組みして、身体は何時でも逃げられる様に七三に構えたら準備万端。顔だけこっちに、ねじ向ける。いわゆる肩越しに覗き込むんだねー。
私も怪しいが、そんなお客さんも実に怪しいよー。

想像してみて、お客さんが前を通りかかると私は「今日は買わなくても良いから見てけ見てけ」とお客を引き止める。
ウッカリ立ち止まると「チョットだけ聞いてけ聞いてけ」途中で帰ろうとすると「人の話は最後まで聞くもんだ」と引き止めて、最後まで聞くと「買ってけ買ってけ」お客が仕方なしに付き合いで1つ買うと私は「親戚も居ないの?」と怪訝な顔をするんですから、いゃー、実に厚かましい商売です。

私は、自分の事はすぐ棚に上げる口なので、他人には正しく賢明な助言は出来るんですが、自分が正しく賢明に生きることは出来ません。

ところが、此れだけ世間が、せちが無くなると、同じ物を売っているのに売れる店と売れない店があり、売れる人と売れない人がいます。
売らない人と売る人の間には、売り方、詰まりソフトに歴然と差が有るのです。
物を売るという事は、売れるソフトを如何に効率よく提出出来るかに掛かっています。それには何よりお客様の気持を知ることが大切です。

物売りの立場から考えた場合、昔は世間の情報伝達が非常にゆっくりとしていて、チョイと離れた場所から変った商品なり情報なりを持ってくれば、物売りは成立しました。
ところが近年、物流と言うハードが発達すると、情報伝達スピードも飛躍的に速くなりました。更にパソコンが登場し、インターネットと言う概念が吹き込まれると、情報伝達の概念も一変したのです。
従来の売り手から買い手と言った単一的な枠組みを越えて、情報交換が行われるようになりました。 情報の多様化により、お客さんの価値観にも変革が起こりました。その事により、今お客様の商品購入に、新たな動機が生まれています。

1つには好奇心や冒険心と言った想像力を伴う気持を刺激する、メンタルなものです。
しかし売り手の好奇心や想像力は、販売を推し進めるアクセルには成っても、方向を決めるハンドルにはなり得ません。
もし皆さんが販売力を高めようとするなら、自分ではなく、お客様の想像力や好奇心を刺激しなくては成りません。好奇心を刺激するには専門知識や販売技術を学ぶのではなく、その場で自分で考え自分で判断する事を優先すべきです。
お客さんの感情や気持は、常に売り手の理論や合理性に優先するからです。

例えば、夜景の綺麗なレストランで、素敵な彼女と楽しく食べた料理と、彼女に振られ、垢抜けないレストランで失意のうちに食べた料理が、物理的には同じ味だとしても、食べてる本人は全く違うものに感じてしまいます。
この様にお客様の気持は、その場の雰囲気で劇的に変るのです。
お客さんがその商品を買う、理由付けが一番重要です。

従来の販売マニュアルでは、ニーズとウォンツが重要と言われていましたが、今やお客さんには、切実に必要なモノや欲しいモノなんて見つかりません。
それでもお客様は、何かを買いたがっているのです。
それは買い物には、金額に応じてある種の緊張と快感が伴うからです。ですから私たち売り手に必要な事は、商品を買うお客さんの為の理由付けが必要なんです。 ここで言う理由付けとは、言い訳のことです。

売ってる人が旨いこと言うもんだからとか、売ってる人がそう言ったのよ、詰まり此れを買ったのは私のせいじゃないと言う言い訳です。
商品によって、お客さんの為の上手な言い訳を、売り手がどれ位用意出来るかが、今後の販売の分かれ目です。売り手の中には全く手元不用意で、理由付けはお客さん任せの人もいますが、それではお客様が偶然欲しがっていた商品だけしか売れません。商売は偶然を頼りには成り立ちませんよね。

売り手は、偶然を必然に変えるだけの手立てを準備しておく事が必要です。
其の為に売り手は、自分のお客さんの教育が必要に成ります。と言うのも今や世を挙げてお金の時代なんです。ところが学校でそのお金の教育が全く有りません。
ですから毎年テレビがあれだけ騒いでも、年利120%の通販革命等と言われれば、ねずみ講、豊田商事は遠い昔で欲と二人連れ、旨い話につい乗って、暫くすれば懲りずに、又騙された金返せの大合唱。
幾ら被害総額数百億円と騒いでも、使ってしまったお金は返る見込みは有りません。洋の東西を問わず無い袖は振れ無いのです。しかも金返せと騒ぐ人達は、被害者の会ではなく、欲張りの会又は儲け損なった人の集まりである。

私の知ってる通販の商売は旨く行っても、せいぜい10%程度の売益です。
お金の専門家、世界に冠たる日本の商社等の儲けは、僅か2%3%の世界と聞き及んでいます。其れが120%であれば、話半分でも商社が見逃すはずが有りません。企業で有れ私のような稼業で有れ、いずれにしても学校でお金の教育が全く無いからです。

これからは、小学校低学年で、物を買うにはお金が要りますと教え、中学年で品物の売り買いと問屋と小売を教え、高学年で銀行郵便局、預貯金と利息を教え、中学で会社と個人、現金と手形を教え、高校では其れを更に詳しく、会社は有限責任で個人は無限責任、詰まりサラリーマンになって会社が潰れても、個人が追われる気遣いは無いが、もし個人が保証人の判を押せば追っかけられると教え、手形は将来親会社がくれるであろうお金を当てにしたモノで、手形はお金ではないフィクションと教え、だから個人は滅多な事で判は押すなと教える。

第一、貸すにしても借りるにしても、年利10%を越えるものは元も子も無くす恐れが有るので、素人は手を出すなと教えれば良い。今はこの様なお金の事を学校でも家でも、全く教えていないので、繰り返し騒ぎは起こるだろう。

お金の次は知識の話、今モノを売る時に知識の総体としてマニュアルが有ります。マニュアルと言えば、携帯電話に付いてくる又はパソコンに付いてくるマニュアル本を思い出しますが、此れが素人には実に難解。
もともと機械に詳しい人はマニュアルを必要としない筈で、必要なのは素人のはずである。
マニュアルを書いてる人は、商品に対する知識は豊富なんでしょうが、其の知識を他人に伝える知恵が不足又は欠落しているのでは無いでしょうか。

販売時に必要なのは、体験上、豊富な知識より知恵の方が優先するようです。
尤も私は商品知識が要らないと言っているのではなく、商品知識をもとに知恵を使ってそこから先の提案を具体的に提出しなくては成らないと言っているのです。
知恵とはお客様に提出するソフトの事です。
どんなに立派な商品でも店でも、そこに楽しいソフトが無ければお客様は絶対に集まりません。

それではここで言うソフトとは何でしょう。具体的には、商品を手に入れる事によって得られる体験、その体験がワクワクするような好奇心を刺激するようで有れば、最高です。詰まりこれからは、売り手の発想力や想像力が求められます。
現在、工場は無人化し事務所にはパソコンが普及し、単純作業はシステムが代行してくれます。ところが、発想力や想像力には、システムが有りません。
世間の高度情報化が進み、私たちに残された仕事は想像力を伴った頭脳労働だけです。もしお客様に新しい生活提案が出来れば、販売チャンス及び販売チャンネルは大きく広がると言えます。

「へーそんな使い道が有ったの」「エッそこまで出来るの」と言った感心や驚きの演出が必要です。それもお客様の想像をほんの少し越えた所に極意らしきものが有ります。
私たちが実演販売をしている時に、その場から黙って立ち去るお客様がいます。そんな時、腕の悪い販売員は、本人の説明が一生懸命で有れば有る程、商品を買わないお客様に対して嫌味の1つも言ってしまいます。
勿論、そのお客様は嫌な思いをして、2度と其処には近づきません。
気の強いお客様なら、販売員に文句の1つも言ってクレームに成ります。
私の場合は、買わないお客様にも必ず「有難う御座います」と声を掛けます。
其れは、永年の体験でお客様が、後で帰ってくる事が有るからです。

お客様にはお客様の事情が有ります。ですから数時間後、又は数日後に戻ってきたお客様に私は「お帰りなさい」とか「お待ちしておりました」と声を掛けるだけで余分な事は一切言いません。
そんな時お客様は最初「おゃっ」と言う顔をしてやがて「ニッコリ」されます。もし私が最後に、嫌味や言葉は幾ら丁重でもお客様に精神的プレッシャーを与えるような言葉を吐いていたら、この快感は永久に味わえなかったでしょうね。
そうなんです。買い物は、買い手だけじゃなく売り手もある種の快感を伴うのです。但しお仕着せの均一化された生活提案やマニュアルでは、お客様にフンって言われてお仕舞ですよ。
あくまでも提案はお客様1人1人に合わせてです。


《転機は外からやってくる》
商いを永いこと続けていると、色々な転機にぶつかります。
商いの上に限って言えば、転機には物理的転機と精神的転機が有ります。
大胆に言えば物理的転機とは、金銭的な変化であり、精神的転機とは、対人関係の変化である。
いずれにしても、転機とはある事柄が切掛けとなり、それまでのパターンが著しく変革するまでの切掛けから変化までの期間である。それぞれに陰と陽が有り更に強弱が有ります。
40年も人前で喋って物を売っていれば、転機は嫌でも遣って来るね。

只私は内心熟知たるものが有るので、具体的なことは語れませんが、傍の迷惑省みず自分の我侭を通して来たので、今の自分が在るのだと思います。

私の言えることは、人生、成るようにして成る。詰り何事も理屈通りだと言う事です。
漱石は草枕で「知に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ、兎角この世は住み難い」と言いましたが蓋し名言です。
この言葉で全てが言い表されていると思います。

転機に接した当事者は、変化が現れる気配で喜び又は悲しみ又は嘆き、その理由を見つけようと遮二無二なるようですが、転機と言われるような劇的変化が起こった後では、如何なる理由も説得力が有りません。

漱石は漢文七五調の才が高く文章にリズムが有ります。転機が訪れ情に流され人の薦めでヨーロッパに渡り英語を学びそこね、嫌気が差してそれを転機に自分の意地を通したら、動き辛く為っちゃったんでしょうね。




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